Vida Maravilhosa

ブラジルにはまり、その後ラテンカルチャー全般にはまった私のプライベートな日記や日々感じたことを書いてきます♪コロンビアーノの旦那と2007年に生まれた女の子と3人で暮らしてます。

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地震

2011年3月11日 14:46

その時私は仕事していて、たまった郵送物の梱包作業に追われていた。(職場で一斉に送るのの〆が15:00)

「揺れてない」
と周りが騒ぎ出した。

私は地震には鈍感な方だけど、揺れてるな~と思い、またいつもの通りすぐ止むだろうと何の心配もしてませんでした。

前に大学で井上ひさしさんの講演聞いてた時にも大きめの地震が起き、焦っていたら井上さんは妙に冷静で、
「横に揺れてる限りは大丈夫。本当に怖いのは縦にガンと来るとき。」
とニコニコ話されているのを聞いて、恐怖心は消え、妙に納得できたことがあります。

それ以来、横に揺れる地震が起こって周りが慌てていても、縦じゃないから大丈夫だな、と安心できるようになり、周りにも教えたりしてきたのですが…


今回も揺れは横だ。
大丈夫だな。

と思ったけど、長くない
周りがざわざわしだし、机の下潜った方がいい!
と課長が言い、とりあえずデスクの下に潜る私。
でも頭しか隠れない。

そしてまだまだ続く揺れ。

とにかく今まで経験したことのない揺れに、ガラスの割れるような音はするは、エレベーターは緊急停止装置(?)が作動したのか、1Fまで自動的に降りて来てドアが開いて明かりが消えた。

ここは周りにビルなんかない田舎だし、建物の中にいる方が危険なんじゃないかと思い、外に出る。
恥ずかしい話、お客様の誘導もしてませんでしたお客様と、何が起こってるんでしょうかなんて話はしてたんだけど。
プロ失格ですね。

今後のために戒めたいと思います。


外に出ても、まだ続く揺れ。
駐車場にいたんだけど、車が揺れてピョンピョンはねてる感じに…。
こんなのはじめて見た。
そして何事かと皆が外にでてきていました。


その時私の頭には家族のことと、先日のNZの地震のこと。
NZで被災された方たちの恐怖はこんなもんじゃなかったんだろうな…と。

私の職場では建物が新しい方と古い方とに分かれていますが、ボロい方の建物はガラスが何枚も割れていて、地震が大きいものだったことを物語っていました。


しばらくしたらやっと揺れがおさまり、中に戻ると、テレビで、今の地震の震源地が宮城だと知った。
そして都内ではもっと揺れが激しかったこと。

まさか宮城が震源地でここまで揺れるとは…。

まだ余震があるかもしれないから油断できないね~って話してたら早速2回目の揺れ。

恐怖でした。

その後は仕事どころじゃなく、とりあえず家族の安否確認のため連絡とろうとするが、携帯は使いものにならない。

公衆電話がつながりやすい、と聞いてまずマルセロにかけてみるとかかった!無事。
そして夜仕事があるということを話し、切る。

その後、保育園へ。
とりあえずまりさの無事を確認し、お迎え時間が遅くなるかもしれないことを伝える。

実家の家族とはで安否を確認しあう。


電車は動いてないし、どうやって帰ろうかと思っていると、同じ課の人がで送ってくれて無事保育園まで到着。

福生まで行けるか分からなかったから母親にお迎え頼んでたんだけど、連絡がとれず、公衆電話に向かって歩き出したところで会えた。

マルセロは夜勤でいないし、余震が怖くてまりさと2人で家にいるのは心細いからそのまま実家に行くことに。

車止めた場所まで歩いて、コンビニでおにぎりやお弁当を買ってから出たんだけど…。

踏切が全て封鎖されているから周り道をしないとならず、そしてとにかく物凄い渋滞…。
車内で流れるラジオの報道では、とにかく物凄い規模の地震だったということが分かった。そして津波の被害もあったということ。

2時間くらいかかって到着。まりさは本当ぐずりもしないでいい子にしとくれて助かった。


テレビをつけると信じられないような光景、そして何度となく流れる余震や新たな地震のテロップ。

言いようのない不安にかられた。

mixiで友達の無事を確認しては安心した。

でも都内で働いてる人たちは交通機関が麻痺しているため皆帰宅難民に。弟も。

何時間もかけて歩いて帰る人や会社で夜を明かす人。

自分は帰れて運がよかったと思うが、恐怖心と不安感、テレビをみると絶望感が消えなかった。

ここ数日間ちょっと夜更かししてたから眠いはずなのに全然眠くならない。

たまに訪れる余震や携帯に届く地震速報にびびりつつ眠れぬ一夜を過ごしました。

明るくなってくると少し眠くなってきて少し眠った。


朝になり、明るくなって被害の様子が写されると、更に絶望的になった。

こんな大変なことになるなんて。
いつも通りの普通の朝だったのにそれがこんな状況になるなんて誰が想像しただろう

テレビ観る度に増える死亡者、行方不明者の数。
津波で町が一つなくなったとか…。


とにかくこれ以上被害が広がらないこと、一刻も早い救出を祈るしかできなかった。


そしてその後の原発爆発。


本当に早く元の状態に戻ってほしい。。


そんな中、世界中から支援の手が差し伸べられたり、助け合いの輪が広がったり、こんな中でも秩序を守れる日本人を誇りに思ったり、希望の持てる話しもある。


希望だけは捨てたらいけない。

自分は幸いこうして生きていられるのだから、悲惨な状況に精神的にやられている場合じゃない、私にできることをしよう。
Yahooで義援金送ろう。(ちなみに現金でなくポイントでも送れるらしい。)
節電しよう。


東京西部は被害少なかったものの、やはりガソリンが買えなかったり、お店は色々買えなかったり、影響は色々。

私はミネラルウォーターとりあえず買ったけど、他は先週たっぷり買い物してたから何とかなるかな…と思い特に買ってない。



明日から計画停電はじまります。

復興までにはまだまだ時間がかかりそうだけど、1人1人が今できることをしよう。
笑顔でいよう。
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